act.41『懐かしい声』『懐かしい声』『せっかく、トラ公が逃がしてくれたのになぁ。』 黄色猫は、ぺろりと口の周りを舐めた。 『こにゃん!』 トラ猫の悲鳴。 『その子には、その子には手を出さないで!』 トラ猫らしくない泣き叫ぶような声。 でもおいらには、その声がどこかで聞いた声に思えたんだ。 いつか、いつかどこかで、誰かが上げた声。 おいらの体に、ぶるぶるっと電気が通った。 『震えてんのか?かわいそうになぁ。』 黄色猫は、優しげな声を出した。 『なあに。お前の母ちゃんが、素直に縄張りを明け渡せば、痛い目にあわずにすむぜ。』 おいらの目の前が、ぱちぱちと燃えた。 おいらは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。 それから、パッと黄色猫に跳びついた。 黄色猫の目が大きく広がった。 あっけに取られたように、黄色猫は口をあけたまま、思わず右片足を引いた。 おいらは、その前足に力いっぱい噛み付いていた。 『いてえっ!』 黄色猫は、ぶんとおいらをはねのけた。 それから、もう片方の前足で踏みつけようとした。 おいらは、その足を避けず、自分から飛び込んで行った。 おいらのあごが、黄色猫の足の付け根の柔らかい部分を捕らえた。 黄色猫のわきの下に、前足と後ろ足の爪全部を、がっきりと食い込ませて、おいらはぶら下がった。 『離せっ!このガキっ!』 黄色猫はおいらを跳ね飛ばそうと、体を大きく振った。 おいらの重みで、ますます黄色猫に、おいらの牙が食い込んでいく。 黄色猫は、ゴロゴロと転がり、おいらに牙を立てようとした。 だけど、もう少しのところで、おいらには牙は届かない。 撥ねよけようとした後ろ足も、おいらの尻尾を掠めただけだった。 『いてえっ!いてえっ!』 黄色猫は泣き喚きながら、おいらごと、地べたをむちゃくちゃに転がった。 おいらの視界がぐるぐると回り、がんがんと何度も硬い地面に打ち付けられる。 次第に回りが灰色になっていく。 駄目だ・・・駄目だ・・・おいらは遠くなっていく気力を振り絞るように、黄色猫にしがみついていた。 おいらが負けちゃったら・・・。 (その子には、その子には手を出さないで!) 悲鳴。誰かの悲しげな鳴き声。 ママ・・・ママ・・・おいらを愛してた? トクトクと歌うような心臓の音。 ゆったりとしたゴロゴロという響き。 柔らかなモノの中に鼻をうずめると、甘酸っぱい匂い。 薄明るい闇の中、暖かいふわふわとした世界。 ああ・・・ママ。ここにいたんだね。 おいら、ずっとずっと会いたかったんだ。 見上げた視界の中で、ママの顔はぼんやりとしか見えない。 ママの顔は、なんだか悲しそうだった。 どうしたの? 誰かにいじめられたの? おいらがんばるから、おいらが守ってあげるから。 だから笑って? act.42『キラキラ』 に続く ジャンル別一覧
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