107054 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

act.41『懐かしい声』

   『懐かしい声』


『せっかく、トラ公が逃がしてくれたのになぁ。』
黄色猫は、ぺろりと口の周りを舐めた。
『こにゃん!』
トラ猫の悲鳴。
『その子には、その子には手を出さないで!』
トラ猫らしくない泣き叫ぶような声。
でもおいらには、その声がどこかで聞いた声に思えたんだ。
いつか、いつかどこかで、誰かが上げた声。
おいらの体に、ぶるぶるっと電気が通った。
『震えてんのか?かわいそうになぁ。』
黄色猫は、優しげな声を出した。
『なあに。お前の母ちゃんが、素直に縄張りを明け渡せば、痛い目にあわずにすむぜ。』
おいらの目の前が、ぱちぱちと燃えた。
おいらは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
それから、パッと黄色猫に跳びついた。

黄色猫の目が大きく広がった。
あっけに取られたように、黄色猫は口をあけたまま、思わず右片足を引いた。
おいらは、その前足に力いっぱい噛み付いていた。
『いてえっ!』
黄色猫は、ぶんとおいらをはねのけた。
それから、もう片方の前足で踏みつけようとした。
おいらは、その足を避けず、自分から飛び込んで行った。
おいらのあごが、黄色猫の足の付け根の柔らかい部分を捕らえた。
黄色猫のわきの下に、前足と後ろ足の爪全部を、がっきりと食い込ませて、おいらはぶら下がった。
『離せっ!このガキっ!』
黄色猫はおいらを跳ね飛ばそうと、体を大きく振った。
おいらの重みで、ますます黄色猫に、おいらの牙が食い込んでいく。
黄色猫は、ゴロゴロと転がり、おいらに牙を立てようとした。
だけど、もう少しのところで、おいらには牙は届かない。
撥ねよけようとした後ろ足も、おいらの尻尾を掠めただけだった。
『いてえっ!いてえっ!』
黄色猫は泣き喚きながら、おいらごと、地べたをむちゃくちゃに転がった。
おいらの視界がぐるぐると回り、がんがんと何度も硬い地面に打ち付けられる。
次第に回りが灰色になっていく。
駄目だ・・・駄目だ・・・おいらは遠くなっていく気力を振り絞るように、黄色猫にしがみついていた。
おいらが負けちゃったら・・・。

(その子には、その子には手を出さないで!)
悲鳴。誰かの悲しげな鳴き声。
ママ・・・ママ・・・おいらを愛してた?
トクトクと歌うような心臓の音。
ゆったりとしたゴロゴロという響き。
柔らかなモノの中に鼻をうずめると、甘酸っぱい匂い。
薄明るい闇の中、暖かいふわふわとした世界。
ああ・・・ママ。ここにいたんだね。
おいら、ずっとずっと会いたかったんだ。
見上げた視界の中で、ママの顔はぼんやりとしか見えない。
ママの顔は、なんだか悲しそうだった。
どうしたの?
誰かにいじめられたの?
おいらがんばるから、おいらが守ってあげるから。
だから笑って?


act.42『キラキラ』 に続く







© Rakuten Group, Inc.
X